- 2026年10月11日
【オレキシンとは?】柳沢正史教授の発見が生んだ睡眠薬と覚醒を促す新薬
今年もノーベル生理学・医学賞が発表されました。
残念ながら、筑波大学の柳沢正史教授は受賞とはなりませんでした。しかし、柳沢教授らが約30年前に発見した「オレキシン」という物質は、現在の睡眠医療に大きな影響を与えています。(▶️エーザイ株式会社)
実は、この一つの発見から、不眠症の治療薬だけでなく、反対に覚醒を促す治療薬まで生まれているのです。
今回は、睡眠医療を大きく変えたオレキシンについて紹介します。
◆オレキシンとは?
オレキシンは、脳の中で作られる神経ペプチドの一種です。
神経ペプチドとは、神経細胞同士の情報伝達に関わる物質です。
オレキシンには、脳の覚醒状態を維持し、目が覚めている状態を保つ重要な働きがあります。
では、この物質が不足すると、どうなるのでしょうか。
◆オレキシンの不足とナルコレプシー
ナルコレプシーは、日中に強い眠気が繰り返し現れ、突然眠り込んでしまうこともある睡眠障害です。

ナルコレプシー1型では、脳内でオレキシンを作る神経細胞が失われ、オレキシンが著しく不足することが分かっています。
1998年、柳沢教授らはオレキシンを発見しました。その後の研究によって、オレキシンが睡眠と覚醒の調節に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
それまで謎の多かった睡眠と覚醒の仕組みを理解するうえで、大きな一歩となったのです。
そして、この発見は実際の治療薬の開発へとつながっていきます。
◆オレキシンの発見から生まれた睡眠薬
不眠症の治療薬として、長年使われてきた薬の一つにベンゾジアゼピン系睡眠薬があります。
これらは脳の神経活動を抑えることで、眠りを促します。
一方、オレキシンの発見をきっかけに開発されたのが、「オレキシン受容体拮抗薬」です。
オレキシン受容体とは、オレキシンの信号を受け取る部分です。この受容体の働きを抑えることで、脳の覚醒を維持する仕組みを弱め、眠りを促します。
つまり、従来の睡眠薬とは異なる仕組みで眠りをもたらす薬が誕生したのです。
現在、日本では次のような薬が使用されています。
- ベルソムラ(一般名:スボレキサント)
- デエビゴ(一般名:レンボレキサント)
- クービビック(一般名:ダリドレキサント)
- ボルズィ(一般名:ボルノレキサント)
これらはオレキシン受容体拮抗薬と呼ばれ、従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬とは異なる選択肢となっています。
ただし、これらの薬にも眠気などの副作用があり、誰にでも適しているわけではありません。症状や体の状態に応じて、医師と相談しながら治療を選ぶことが大切です。
◆今度は「覚醒を促す薬」が誕生
オレキシンの研究は、眠りを促す薬の開発だけにとどまりません。
2026年には、日本でオレキシン受容体作動薬「オーゼイフル錠(一般名:オベポレクストン)」がナルコレプシー1型の治療薬として承認されました。(▶️武田薬品)
オレキシン受容体拮抗薬がオレキシンの働きを抑えるのに対し、こちらはオレキシン受容体を活性化することで、その働きを補います。
オレキシンが不足しているナルコレプシー1型に対して、覚醒を促すという新しい治療です。
これまでの治療では、日中の眠気などの症状を改善することが中心でした。オベポレクストンは、オレキシンの欠乏に着目した新しい作用機序を持つ薬として期待されています。
もちろん、治療効果や副作用を踏まえた適切な使用が必要ですが、睡眠・覚醒の仕組みの解明が、新しい治療へと結びついた重要な例といえるでしょう。
◆一つの発見が、二つの治療につながった
オレキシンの研究から生まれたのは、眠りを促す薬だけではありません。
- オレキシンの働きを抑えることで、眠りを促す薬
- オレキシンの働きを補うことで、覚醒を促す薬
一見すると正反対の働きをする薬ですが、どちらもオレキシンという物質の研究から生まれました。
柳沢教授らの発見は、睡眠と覚醒の仕組みを理解するだけでなく、実際の治療薬の開発にもつながったのです。
◆基礎医学が未来の治療をつくる

基礎医学の研究は、すぐに患者さんの治療に役立つとは限りません。
しかし、体の中で何が起きているのか、その仕組みを一つずつ解き明かすことが、将来の治療法につながることがあります。
柳沢教授らによるオレキシンの発見から約30年。研究成果は、不眠症の治療薬だけでなく、ナルコレプシーに対する新しい治療薬にも結びつきました。
ノーベル賞という結果だけではなく、約30年前の一つの発見が、今も新しい治療薬を生み出し続けている。
オレキシン研究の歩みは、基礎医学の大切さを改めて教えてくれます。
